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プレスルーム

 

報道資料

Cirque du Soleil (シルク・ドゥ・ソレイユ)では、各種ショーのプレスキット、会社情報を用意しております。

Cirque du Soleil

すべてはケベックシティ(カナダ)の近郊の小さな町、ベ・サン・ポールで始まりました。1980 年代の初め頃、ベ・サン・ポールでは色とりどりの衣装をまとったキャラクターの一団が街を練り歩き、竹馬、ジャグリング、ダンス、火吹き、音楽などの芸を披露していました。彼らこそ、ジル・サンクロワが組織したストリートパフォーマンスのグループ、Les Échassiers de Baie-Saint-Paul(ベ・サン・ポールの竹馬乗り)でした。すでに街の人々はこの若いパフォーマーのグループに心を動かされ、魅せられていました。パフォーマーの中に、後に Cirque du Soleil の設立者のひとりとなり、CEO となるギー・ラリベルテもいました。

 
 
 

経歴

ベルナ・セパス

作曲家兼音楽ディレクター

音楽をわずか 1 年学んだだけで学校をやめたベルナ・セパスは、さまざまなバンドでギタリストとして活動するようになりました。その後、シンセサイザー、サンプラー、コンピュータと手を広げていきました。25 歳のとき、彼はグラフィック・デザインを学ぶために学校に戻るものの、自分が本当にやりたいのは音楽だとすぐに気付きました。演奏はもちろん、作曲やアレンジにも興味がありました。

1994 年、ベルナは Cirque 2009 のディレクター、デボラ・コルカーとの仕事を始め、彼女のダンス・カンパニーのすべてのショーの音楽を手掛けました。「デボラとは、ある種の共存関係のようなものを築き上げました」とベルナは話します。「私達は単なるビジネス・パートナーではなく、友人なのです。お互いをよくわかっていて、一緒に仕事する方法を確立しました」。

リオデジャネイロにある自身のスタジオで、ブラジルと日本の大勢の一流ミュージシャンと仕事をするベルナは、ブラジルの主流の音楽シーンで引っ張りだこのプロデューサーです。また、ブラジルの人気インディーズ・ポップロック・バンドをいくつかプロデュースしていることでもよく知られています。

ベルナは、2000 年以来、映画業界で幅広い活動をしてきました。有名な O Passageiro(The Passenger) と Niemeyer A Vida é um Sopro(Niemeyer - Life is a Breath of Air)をはじめとして、多数の映画の音楽を手掛けています。また、Brasil Legal and Muvuca などのグローボ・テレビの番組向け音楽を制作したこともあります。ディスカバリー・チャンネル・シリーズの Blast Off のために作曲した音楽は、世界中で放送されました。

2002 年、ベルナは A Orquestra Imperial(ア・オルケストラ・インペリアル)というバンドを結成しました。バンドはたちまち人気を博し、リオデジャネイロの現代音楽シーンに加え、その他の分野の活性化にまで貢献しました。バンドは海外活動も開始し、パリ、ロンドン、シカゴなど、ヨーロッパやアメリカのさまざまな都市でショーを行いました。

「私の場合、特徴的なサウンドというのがありません」とベルナは言います。「いっとき、サンプリングで知られていたことがありましたが、あれはかなり限定的なものでした。最近では、作品ごとのニーズを反映した音楽を作っています」。自身を取り巻くクリエイティブな環境に絶えず適応しているベルナは、自分を一種のカメレオンだと表現します。「どんなときも私は私ですが、自分に課す課題は、クリエイティブなチームの他のメンバーの課題と密接に混じり合っています。私達は、共通の目標に向かっているわけですから」。