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プレスルーム

 

報道資料

Cirque du Soleil (シルク・ドゥ・ソレイユ)では、各種ショーのプレスキット、会社情報を用意しております。

Cirque du Soleil

すべてはケベックシティ(カナダ)の近郊の小さな町、ベ・サン・ポールで始まりました。1980 年代の初め頃、ベ・サン・ポールでは色とりどりの衣装をまとったキャラクターの一団が街を練り歩き、竹馬、ジャグリング、ダンス、火吹き、音楽などの芸を披露していました。彼らこそ、ジル・サンクロワが組織したストリートパフォーマンスのグループ、Les Échassiers de Baie-Saint-Paul(ベ・サン・ポールの竹馬乗り)でした。すでに街の人々はこの若いパフォーマーのグループに心を動かされ、魅せられていました。パフォーマーの中に、後に Cirque du Soleil の設立者のひとりとなり、CEO となるギー・ラリベルテもいました。

 
 
 

経歴

デボラ・コルカー

劇作家、ディレクター、振付家

ブラジル出身のデボラ・コルカーは、幼少時からクリエイティブな環境で育ちました。バイオリニストであり指揮者でもあった父親の影響で、デボラは 8 歳のときにピアノを習い始めました。「14 歳のときにはオーケストラと共演するほどの腕前でしたが、スポーツか何かを通して、体で感情を表現する必要もあるとすぐに気付きました」と彼女は語ります。「とにかく情熱にあふれていた私は、コンテンポラリー・ダンスに出合い、体の動きと知的感情を組み合わせることを覚えました」。

1980 年、デボラは、ウルグアイの振付家、グラシエラ・フィゲロアのコリンガ・カンパニーに入団しました。1984 年、振付を開始した彼女は、ミュージカル、ショー、テレビ番組、映画、サンバ・スクールなどのために振付の一部を担当するようになりました。

振付により独自のボディ・ランゲージを作り出したいと考えたデボラは、1994 年に自身のダンス・カンパニー、Companhia de Dança Deborah Colker(デボラ・コルカー・ダンス・カンパニー)を設立します。そして、Vulcão、Velox、Mix、Rota、Casa、4 Por 4 などの高い評価を得た長編ダンス作品を多数制作しました。

ブラジルでは、大勢の観客がデボラの個々の作品に魅了され、常連となりました。「私の作品は、ブラジルに似ています」とデボラ。「色、ダイナミックな動き、リズム、幸せ、発見にいたる長い道のりの可能性、これらがすべて混じり合っているのです。自分のバックグラウンドが、美しくクリエイティブで、音楽に満ちたこの国であることを誇りに思います」。

受賞に輝いたデボラの作品は、たちまちダンス界全体の関心を集めました。2002 年、ベルリンのコーミッシェ・オーパーに招待され、Casa(元は、1999 年にデボラのカンパニーのために制作された作品)と Ela の全振付を担当しました。続いて 2006 年、ハンブルクのカルチャー・ファクトリー・オブ・カンプナーゲルのために Maracanã を制作しました。デボラは、2001 年の MIX の振付で、イギリスで最も重要な文化賞の 1 つ、ローレンス・オリヴィエ賞(ダンスの分野における優れた業績を称える「ダンスにおける傑出した業績」部門)をブラジル人アーティストとして初めて獲得しました。

Cirque du Soleil の仕事をすることになり、デボラは従来のやり方を変えなければなりませんでした。リハーサル・プロセスの重要な一環としてコンセプトを考案することには慣れている彼女ですが、Cirque 2009 では、リハーサル開始の 1 年半も前にコンセプトを考え出さなければならなかったのです。