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プレスルーム

 

報道資料

Cirque du Soleil (シルク・ドゥ・ソレイユ)では、各種ショーのプレスキット、会社情報を用意しております。

Cirque du Soleil

すべてはケベックシティ(カナダ)の近郊の小さな町、ベ・サン・ポールで始まりました。1980 年代の初め頃、ベ・サン・ポールでは色とりどりの衣装をまとったキャラクターの一団が街を練り歩き、竹馬、ジャグリング、ダンス、火吹き、音楽などの芸を披露していました。彼らこそ、ジル・サンクロワが組織したストリートパフォーマンスのグループ、Les Échassiers de Baie-Saint-Paul(ベ・サン・ポールの竹馬乗り)でした。すでに街の人々はこの若いパフォーマーのグループに心を動かされ、魅せられていました。パフォーマーの中に、後に Cirque du Soleil の設立者のひとりとなり、CEO となるギー・ラリベルテもいました。

 
 
 

経歴

フレッド・ジェラール

アクロバット装置担当デザイナー

ジンガロ・サーカス(フランス)で驚くべき出会いを経験した後、フレッドは 1984 年に石油採掘の仕事を辞め、サーカス・アートの世界に進みます。シャロン・シュル・マルヌ(フランス)の National Centre for Circus Arts(国立サーカス・アート・センター)で空中ブランコを学び、1 期生として卒業したフレッドは、Cirque du Soleil のショー、Nouvelle Expérience でブランコ曲芸師をしないかと誘われました。怪我をしてステージでの仕事を諦めざるを得なくなってからは、ショーのディレクターやアーティスティック・ディレクターのアシスタントとなりました。その後、ツアー・アーティスティック・コーディネーターとしての仕事を引き受けました。ヨーロッパでの短期間の仕事を終えたフレッドは、Cirque du Soleil に戻り、Alegría と Mystère でアクロバット装置デザイナーとしてのキャリアをスタートさせます。カナダのモントリオールにある Cirque du Soleil の本部で装置責任者を務め、サーカスの技術者の訓練を行う傍ら、1997 年から 2006 年の間、彼は複数のツアー・ショーでもこれらの職務を果たしました。サーカスの友人達の助けを借り、フレッドはフランス南部のマルティーグにニッケル・クロムというグループを共同で結成しました。サーカス・プロジェクトを支援するこの組織の一員として、彼は世界中のサーカス・プロジェクトおよびカンパニーのテント・マスター/装置責任者、アーティスティック・ディレクター、デザイナー/トレーナーを務めています。ニッケル・クロムと Théâtre Europe(テアトル・ヨーロッパ)の仕事をしながら、フレッドは、フランスのラ・セーヌ・シュル・メールのフェスティバル Janvier dans les Étoiles の制作と開発にも携わりました。OVO 以降、フレッド・ジェラールがアクロバット装置デザイナーとして Cirque du Soleil のショーに参加するのは、今回で 2 度目です。