アンドレ・シマール(André Simard)
エリアル・アクロバットデザイナーおよびヘッドコーチ - クリエーション (KÀ)
アンドレ・シマールは 1987 年以来、Cirque du Soleil の仕事に携わってきました。その最初の年、彼は Nouvelle Expérience(ヌーベル・エクスペリエンス)のショーのために空中ブランコの演目を制作し、それは空中を高く飛ぶエリアルムーブメントにおける真の大変革の火付け役となりました。彼の指導のもと、地上と空の間を動くアーティストによって、アクロバット的な離れ業が演じられました。そこが劇場であれビッグトップであれ、バレエのような流動的な表現によって、成功を収めました。1989 年から 2000 年にかけて、Cirque du Soleil、国立サーカス学校、そして彼自身が主催するアーティスト集団のカンパニー Studio de création les gens d'R のために創作した 13 の演目は、世界中の最高のサーカスアーティストが参加したフェスティバルで数々の賞を受賞しました。
彼が 1995 年にエリアルシルクアクロバットの分野を確立したおかげで、新しい形のサーカスアートが生まれました。また、技術的変革や振付の新しい手法は、アクロバット装置デザイナーのジャック・パカンとのコラボレーションに端を発した "O"(オー)のボートのシーンでした。それだけでなく、彼は Cirque が世界中で上演するショーの空中演技のほとんどをデザインしました。
アンドレ・シマールは 30 年以上にわたり、美術、一流スポーツ、サーカスという彼の 3 つの専門分野の 調和を保つことを成功させてきました。1970 年代初めのモントリオール美術学校に在学中に、彼は体操のカナダ代表チームのメンバーに選ばれました。さらに、1972 年にドイツのミュンヘンで開催されたオリンピック夏季大会への出場に向けた準備の合間を縫って、国立サーカス学校の前身であるモントリオールの Centre Immaculée-Conception で、クラウンや大道芸人たちの指導にあたりました。彼自身の言葉を借りれば、彼は「舞台芸術の持つ刺激的なパワーを利用して、常に生体力学の法則を運動トレーニングとして取り入れようとしています」とのことです。このようなアプローチは、国立サーカス学校だけでなく、いずれもフランスにあるシャロン・シュル・マルヌ国立サーカス芸術センターやロニー・スー・ボワ国立サーカス学校での指導にも注がれました。
1995 年、彼はモントリオールに Studio de création les gens d'R を設立し、この芸術的試みによって、エリアルムーブメントによる感情表現にもっと高いレベルを求める機会が十分に与えられました。2001 年、このスタジオのメンバーによるワールドプレミアパフォーマンス「Échos」(エコー)がイタリアのベネチアで開催されました。このショーは、ベネチア市で開催されるビエンナーレ芸術祭の主催者から依頼されました。
「CRISS ANGEL Believe(クリス・エンジェル ビリーブ)のショーで、私は修道僧のキャラクターたちが衣装の中に隠したロープを使って回転するという方法を思いつきました」と彼は述べています。「さらに、竹馬乗りによるダンスの演目にもアクロバット的な要素を取り入れ、カヤラというキャラクターのためにアクロバットの電動式メカニズムを考え出しました。アーティストは花から現れてフープの演技を行うときに、花びらをしっかりとつかみます。この花びらは、実際には透明な軟質塩化ビニール製のチューブでできており、衣装の中に埋め込まれています」。
アンドレ・シマールは 1945 年にカナダのモントリオールで生まれました。