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報道資料

Cirque du Soleil (シルク・ドゥ・ソレイユ)では、各種ショーのプレスキット、会社情報を用意しております。

KOOZA

KOOZA は、世界野中に自分の居場所を探し求めるメランコリックで孤独なイノセントの物語です。

KOOZA は Cirque du Soleil の原点回帰ともいうべき作品で、 アクロバットとクラウンの芸という伝統的サーカスの 2 つの要素を融合させたものです。このショーでは、人間の強さと弱さを表現する肉体の能力に焦点が当てられています。さまざまなものが多彩に融合する中で、あからさまなスラップスティック的ユーモアが強調されます。

旅を続けるイノセントは、王、トリックスター、すり、感じの悪い旅行者とそのしつけの悪い犬など、さまざまなコミカルなキャラクターに出会います。

KOOZA では、強さと弱さ、大笑いと微笑、混乱と調和の間で、恐怖、アイデンティティ、認識、力というテーマが追究されています。ショーの舞台は、驚き、スリル、失意、勇敢さ、熱意などで満ち溢れた、刺激的でエキゾチックな世界です。

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英国, スイスツアー

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KOOZA - クリエーター

  • ギー・ラリベルテ

    創設者

    ギー・ラリベルテは 1959 年にケベックシティで生まれました。アコーディオン奏者、竹馬乗り、火食い芸人、そしてギーは、少人数のグループのサポートも得て、ケベック最初の国際的名声を得たサーカス集団を結成しました。大胆な夢想家、ギー・ラリベルテは、ベ・サン・ポールの Fête foraine (ラ・フェト・フォレーヌ)から優秀な人材を発掘して才能を育て、1984 年に Cirque du Soleil を結成しました。

    ギー・ラリベルテは、文化、芸術、アクロバットを融合して調和させた最初の人物です。この調和こそ、Cirque du Soleil の象徴です。1984 年以降、彼はすべてのショーでクリエイティブチームを率い、サーカスアートを偉大な芸術分野のレベルにまで引き上げることに貢献してきました。

    Cirque du Soleil は、活動と影響の範囲の大きさにおいても、国際的組織に成長しました。現在ギー・ラリベルテは、5 大陸で活動を続ける組織のトップの座にあります。

    2007 年 10 月、ギー・ラリベルテは ONE DROP FOUNDATION を組織し、彼の人生の次のステップに踏み出しました。この組織は、安全な水を継続的に供給することによって、世界中の貧困と闘うことを目的としています。この新たな夢は、水を得る権利は世界中の個人と共同体の生命の維持に不可欠であるという認識、そして創立当初から Cirque du Soleil の理念の核となっていた価値観が発端となっています。その価値とは、生命は自分が与えた分だけこちらに与えてくれ、たとえ小さな活動でもいずれ効果を発揮する、という信念です。

    ギー・ラリベルテは 2009 年 9 月に民間人としてカナダで初めて宇宙旅行を行いました。彼の使命は、地球上の人類が直面している水の問題に対する関心を高めることでした。「Moving Stars and Earth for Water」というテーマのもと、この宇宙始まって以来最初の Poetic Social Mission(詩的な社会活動)は芸術的なアプローチで人々の心を動かすことを目的としていました。そのアプローチとは、さまざまな芸術的パフォーマンスによる 120 分間の Web キャスト特別プログラムを、5 大陸の 14 都市と国際宇宙ステーションで公開するというものです。

    主な受賞歴と特記事項
    2012 年、ギー・ラリベルテは American Gaming Association の「Gaming Hall of Fame」を受賞しました。2011 年には、カナダのビジネス功労賞「Order of the Canadian Business Hall of Fame」を受賞しました。2010 年に、ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームにギー・ラリベルテの星のプレートが設置されました。同年、ケベック州政府により、6 年前に授与された名誉賞「シュヴァリエ」よりさらに上級の「オフィシエ」が、「Ordre de la Pléiade」のメンバーとして授与されました。2008 年にギー・ラリベルテはラヴァル大学(ケベック州)より名誉博士号を授与されました。その前年には、Ernst & Young Entrepreneur of the Year 賞を、ケベック州、カナダ、国際の全 3 レベルで受賞しました。2004 年には、カナダ総督より、カナダ最高の栄誉であるカナダ勲章を授与されました。 同年、タイム誌により、「世界で最も影響力のある 100 人」のひとりに選出されました。2003 年には、Condé Nast グループにより、クリエイターとイノベーターを対象とする Never Follow Program で栄誉を称えられました。2001 年、彼はグレーター・モントリオール・アカデミーにより、偉大なるモントリオール市民の称号を与えられました。1997 年には、ケベック州政府最高の栄誉であるケベック勲章を授与されました。


    その他の受賞歴と特記事項

    2009
    Canadian Marketing Associationによる、ライフタイム・アチーブメント賞を受賞

    2002
    カナダのウォーク・オブ・フェームに名前が彫られる

    1998
    アメリカン・クラフト博物館(現在はニューヨークのアート・アンド・デザイン博物館)によるヴィジョナリー・アワードを受賞

    1996
    第 43 回 Gala du Commerce(ケベック)にてVision nouvelle賞を受賞

    1988
    Gala Excellence La Presse(ケベック)のパーソナリティ・オブ・ザ・イヤーを受賞

    1988
    Les Affaires 誌(ケベック)の Entrepreneur of the Year 賞を受賞

     

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  • デヴィッド・シャイナー(David Shiner)

    脚本およびディレクター

    人々を笑わせることが好きなデヴィッド・シャイナーですが、クラウンによる芸には真剣に取り組んでいます。「クラウンは本質的に、人間が自分たちの持つ神聖な部分との関係を保って行く手助けをするキャラクターです」と彼は説明します。「それは、演じるのが難しい部分です。このキャラクターの根底には、人生の意義を追い求め、見つけ出したいと願う気持ちがあります」。

    クラウンとして大変よく知られているデヴィッド・シャイナーは、フランスのパリでストリートパントマイムを始めました。1984 年に有名なサーカスフェスティバル「Cirque de Demain(明日のサーカス)」で見出され、彼のパントマイムのキャリアが始まりました。その後、ドイツの Circus Roncalli、スイスの国立カンパニー Circus Knie などの著名なカンパニーで、次々に成功を収めました。サーカスに出演する一方、Cirque du Soleil のベテラン、ルネ・バジネと、彼らの創作による 2 人のショーを携えてツアー公演を行いました。

    デヴィッドが初めて Cirque du Soleil に正式に参加したのは 1990 年、共同制作し、出演も手がけた Nouvelle Expérience(ヌーベル・エクスペリエンス)でのことです。この作品は 19 か月間、カナダと米国のツアーで上演されました。彼のそんな滑稽な演技が多くの観客の上を通り抜け、彼の十八番であるサイレント映画のメロドラマを模して 4 人の観客を動員したアドリブ中心の演出のおかげで、彼はおそらく Cirque のクラウンの中で最も印象に残る存在となるでしょう。この作品は 1991 年に HBO のために撮影されました。その他にもジョニー・カーソンやジェイ・レノがホスト役を務める「The Tonight Show」など、多くのテレビ番組にも出演しました。一番最近の Cirque での仕事は、2007 年に上演された KOOZA(クーザ)で脚本および演出を担当したことです。

    彼はまた、1992 年に「ロレンツォのオイル」でクラウンを演じて映画デビューを果たしています。さらに次の年には、サム・シェパードの「アメリカン・レガシー」で、ビル・アーウィンと共演しました。その後、彼とアーウィンは、出演者が 2 人だけの言葉のないショー「Fool Moon」を制作しました。音楽を担当したのはレッド・クレイ・ランブラーズでした。このショーは、ブロードウェイでの 3 度の興行も含めて 1992 年から 1999 年まで上演されました。「Fool Moon」は、トニー賞の特別賞(1999 年)、Unique Theatrical Experience のドラマデスク賞、Outer Critics Circle Special Achievement 賞を受賞しています。

    2000 年には、ブロードウェイミュージカル「スーシカル」でホストとガイドを務めるシマシマ帽子の猫 (the Cat in the Hat) というキャラクターを創り上げました。その後、ピュー財団から助成金の支援を受け、シアトルの ACT シアターでショーを上演することになり、後にはそのショーに脚色を加えて「David Shiner in the Round」というワンマンショーに仕立てました。

    「Banana Shpeel(バナナ・シュピール)は、純粋に楽しめるスラップスティックコメディです」。「このショーには、ボードビルから発想を得たことが誰にでもすぐわかる部分が確かにあります。特にエキセントリックダンスや歌、そして素晴らしいクラウン芸で顕著に見られます。内容は伝統的な形式を利用したものかもしれませんが、取り組む姿勢はきわめて現代的です」。

    デヴィッド・シャイナーは 1953 年にマサチューセッツ州ボストンで生まれました。

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  • セルジュ・ロワ(Serge Roy)

    制作ディレクター

    セルジュ・ロワは、Cirque du Soleil が組織として正式に活動を始めた 1984 年より以前からファミリーの一員でした。

    彼は音楽一家に生まれ、生まれつき音楽とショービジネスの才能を受け継いでいました。6 歳で舞台に立ち、サックス奏者の父と一緒にドラムを演奏しました。歌にも興味がありましたが、別の道を選びました。

    彼は演劇を学び、バンドでドラムを演奏していましたが、ある時、ケベック州のベ・サン・ポールという町に滞在中、自分の居場所をついに見つけたという思いにかられました。そして、地元のユースホステルで、ジル・サンクロワやギー・ラリベルテに出会って親しくなりました。当時、彼らはイベントやハプニングについての夢を語るのに忙しく、それは数年後の Cirque du Soleil 創設へとつながっていくのでした。

    彼は 1984 年と 1985 年に開催されたショー「Le Cirque du Soleil」でステージ・マネージャーを務め、さらにそれに続く Nouvelle Expérience(ヌーベル・エクスペリエンス)と Saltimbanco(サルティンバンコ)の 2 つの北米ツアーでは、ツアーマネージャーを務めました。また、Dralion(ドラリオン)、Quidam(キダム)、Mystère(ミステール)、Saltimbanco(サルティンバンコ)では、アーティスティックコーディネーターとしての仕事を引き受けました。2005 年にはデヴィッド・シャイナー監督による KOOZA(クーザ)の制作ディレクターに任命され、Banana Shpeel(バナナ・シュピール)でもコンビを組みました。

    制作ディレクターという地位は、他の人を感動させる一方で彼自身の創作意欲も満足させられるというセルジュ・ロワの持つ強みと経験が組み合わされたものです。「制作ディレクターとして成功する秘訣は、人々をひとつにまとめるということです」と彼は言います。「制作ディレクターの仕事は、ゲストディレクターが描く夢と Cirque が長年蓄積してきたノウハウとの橋渡しをして、それらが互いに育めるようにすることです。自分にとって必要不可欠な要素のひとつは、自分が楽しみながら、クリエーターたち全員がそれぞれ自由に活躍し、そして結び付きの強いチームとして協力し合えるような雰囲気を築き上げるということです」。

    彼にとっての Banana Shpeel(バナナ・シュピール)は、全く異質で驚異的なスタイルや統制を組み合わせたコラージュです。「このショーでは、観客の気持ちをほんの少し動揺させたいと思っています」と彼は言います。「ボードビル、クラウン芸、タップダンス、エキセントリックダンス、ヒップホップ、フィジカルコメディ、そして最高のマジックの融合とは一体どういうものだと思いますか?それは、サーカスでもミュージカルでもバラエティショーでもありません。ボードビルでもありません。それは Banana Shpeel(バナナ・シュピール)としか言いようがありません」。

    セルジュ・ロワは 1957 年にカナダのモントリオールで生まれました。

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  • Stéphane Roy

    セットデザイナー

    A graduate of the National Theatre School of Canada, Stéphane Roy has worked as both a set designer and artistic director on over 100 productions in Montreal and abroad. While mainly active in theatre and dance, he has also worked in film, television, advertising and variety shows.

    Over the years Stéphane’s career has led to close working relationships with a number of directors and arts companies: He created the sets for several plays presented at Espace Go and the Théâtre du Nouveau Monde in Montreal and since 1990 he has designed sets for dance productions by such internationally-acclaimed dance troupes as La La La Human Steps and O Vertigo.

    Given that professional background, plus an architect father, a mother active in theatre and a unique social and artistic approach to performance space, it was perhaps inevitable that Stéphane would gravitate toward Cirque du Soleil, a relationship that began with the creation of Dralion, and continued with Varekai, Zumanity, KOOZA and now, Zarkana.

    Since 2011, Stéphane has been one of three artists in residence appointed by the Montreal Nature Museums group to create organic links between the city’s four natural science museums. He also designed The Warrior Emperor and China’s Terra Cotta Army exhibition at the Montreal Museum of Fine Arts.

    His achievements have earned him many awards and honors, including being named Revelation of the Year, All Categories Combined, by the Association Québécoise des Critiques de Théâtre in 1989. In 1992, the same association honored him with the award for best set design. His talent has also been recognized by the Conseil des Arts de la Communauté Urbaine de Montréal, the Academy of Canadian Cinema and Television and the Académie Québécoise du Théâtre.

    "In the lyrical, fantastic world of Zarkana, the setting, an abandoned decrepit theatre, is a character in its own right,” says Stéphane Roy. “The walls breathe, move and sing. In terms of aesthetics, we are at the beginning of the last century, between 1910 and 1930, midway between Gaudí, Klimt and Art Nouveau. The organic shapes are a nod to the master French glassmaker and jeweler René Lalique."

    Stéphane Roy lives in Montreal.

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  • マリー・シャンタル・ヴェヤンクール(Marie-Chantale Vaillancourt)

    衣装デザイナー

    マリー・シャンタル・ヴェヤンクールはこの 20 年間、数多くの演劇、ダンス、オペラ、映画の制作現場で衣装のデザインに携わってきました。彼女が専門とするセットデザインと衣装デザインという 2 つの分野が組み合わされた彼女の仕事は、世界中で披露されています。

    1989 年以降、彼女は世界的に有名な作家、俳優、そして演出家であるロベール・ルパージュと特に緊密な関係を持つようになり、「Les Sept Branches de la Rivière Ota」(太田川の 7 本の支流)、「La Géométrie des Miracles」(奇跡のジオメトリー)、「La Face Cachée de la Lune」(月の裏側)、ピーター・ガブリエルのグローイングアップ・ツアー、「La Trilogie des Dragons」(ドラゴン三部作)、Cirque du Soleil の KÀ(カー)をはじめとする彼の多くの作品で衣装の制作に携わってきました。

    そして、長年の功績が認められ、1995 年と 2005 年の二度にわたって受賞したコスチュームのマスク賞をはじめ、カナダ国内の大きな賞を多数受賞しました。また、その他の多くの賞にもノミネートされ、その中でも特筆されるのは、ロベール・ルパージュと共に手がけた映画「Nô」でジニー賞とジュトラ賞にノミネートされたことです。

    「KOOZA(クーザ)は厳密に言えばクラウンのショーではないとしても、多くのキャラクターはクラウンによって演じられます」と彼女は言います。「私は普遍的で変わることのないキャラクターの原型に、より一層注目するために、ありきたりな手法や風刺的な描写を避ける必要がありました。デザインにはコミックの美学も取り入れられましたが、主役のイノセントが持つナイーブな見方を通してフィルターがかけられています。

    私のデザインする衣装は、さまざまなひらめきによって生まれます。たとえば、コミック本、クリムトの絵画やほら男爵の物語、マッドマックの映画、タイムトラベルムービーからインドや東ヨーロッパにいたるまで、さまざまなものから影響を受けています。この見た目に素朴でエキゾチックな時代を超えた世界は、「不思議の国のアリス」や「オズの魔法使い」に通じるオモチャや鉛の兵隊、そして子供向けの本の世界へと進化していきます。

    マリー・シャンタール・ヴォヤンクールは 1967 年にケベック州セティルで生まれました。

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  • ジャン・フランソワ・コテ(Jean-François Côté)

    作曲

    独学のキーボード奏者、作曲家、そして数々のヒット曲を生み出している電子楽器のミュージシャンとして 1980 年代から活動しているジャン・フランソワ・コテは、米国ロサンジェルスの音楽界で大いに活躍しています。また、ケベックの代表的な歌手や草分け的音楽グループの多くの活動にも関わってきました。彼は既存の音楽スタイルと電子音楽とをシームレスに混ぜ合わせて新しい音楽の形を創り上げることで知られています。

    青年期は前途有望なホッケー選手として活躍しましたが、16 歳のときに、モントリオールの音楽界でロックグループやソウルグループのキーボード奏者として演奏を始めて、音楽が天職であることを発見し、独特のサウンドやスタイルを生み出しました。同年、Cirque du Soleil の初めてのショーに警備員として雇われました。彼は当時のことを思い起こして次のように語っています。「夜になると、ルネ・デュペレーのキーボードの陰に隠れては、作曲したり、自分の技術を磨いたりしていました」。

    数年後、彼は歌手のジュリー・マスのためにキーボードを演奏し、その演奏は、当時 Cirque du Soleil の作曲を担当していたブノワ・ジュトラの目にとまりました。そのときの出会いによって、彼は Cirque の 2 つのショー "O"(オー)と Mystère(ミステール)の音楽ディレクター兼指揮者として、カンパニーと正式に関係を持つようになりました。また、Cirque のアイマックスフィルム「Journey of Man」で流れる太鼓演奏のサウンドデザインも手がけました。

    Cirque は作曲家が仕事をする上で最も刺激的な環境の 1 つを提供してくれる、と彼は言います。「その規模にかかわらず、Cirque は質の高いショーを創り上げるという大きな使命に常に忠実であり続けました。クリエーターに与えられる自由は他に例を見ません」。

    KOOZA(クーザ)で人間臭さと滑稽さを表現する上で、ジャン・フランソワ・コテは 70 年代のファンクから管弦楽にいたるまで、洋楽ポップミュージックの影響を受けたと言っています。さらに、こうも述べています。「私は伝統的なインド音楽や特に好きな 40 年代および 50 年代の映画音楽なども利用しました」。

    ジャン・フランソワ・コテは、1968 年にカナダのモントリオールで生まれました。

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  • クラレンス・フォード(Clarence Ford)

    振付

    カナダのトロント出身のクラレンス・フォードは、ダンサー、振付師、指導者、映画監督など、多彩な才能を持ち、その作品はカナダ、米国、そして世界中で楽しまれています。彼は他のアーティストとのコラボレーションを好み、伝説的に有名なジェームズ・ブラウンと一緒に仕事をした経験を持ち、ロビー・ウィリアムズやベアネイキッド・レディースのためにスタイリッシュなミュージックビデオを制作したことでも知られていますが、これらはほんの一部に過ぎません。

    5 歳の頃は、プロのホッケー選手になることを夢見ていました。高校時代は陸上選手として活躍し、100 メートル走ではカナダのインターハイで新記録を打ちたて、そのことが認められて米国の多くの大学からスポーツ推薦の申し出を得ました。17 歳のときにダンスと出会い、カナダ全国でツアーを展開するダンスグループ、Soul Express のメンバーになったところからプロ活動が始まりました。Soul Express は CBC Television の特別番組で取り上げられたほか、さまざまな賞を受賞したショーやテレビ番組にも登場しました。

    ダンスのスタイルという視野から言えば、クラレンス・フォードは革新者であると言えます。彼はオリンピック種目のフィギュアスケートやシンクロナイズド・スイミングにストリートダンスやヒップホップの振り付けを取り入れた振付師の北米における第一人者です。彼の振り付けはあまりにも衝撃的であったため、オリンピックのフィギュアスケートでは 2 人の選手が金メダルに輝きました。

    また、スターズ オン アイスをはじめとする多くのアイスショーでも振り付けを手がけ、カート・ブラウニング、スコット・ハミルトン、ビクター・クラーツ、シェリン・ボーンなど、国際的に有名なスケーターたちの受賞にも貢献しました。彼は Junos、Genies、Geminis など、カナダ国内の賞の授賞式も手がけてきました。

    映画の分野では、ロサンジェルス、西インド諸島、ヨーロッパ全土で活躍し、ドリームワークス、ユニバーサル、ミラマックスなど大手のスタジオで振り付けの仕事に携わりました。彼が手がけた映画作品には、「レディース★マン」(ウィル・フェレル主演)、「タキシード」(ジャッキー・チェン、ジェニファー・ラブ・ヒューイット主演)、「アンダーカバー・ブラザー」(エディ・グリフィン、ビリー・ディー・ウィリアムズ主演)などがあります。また、彼が振り付けを手がけたテレビコマーシャルは 40 にのぼり、Fashion Television でのリーボックのファッションショーなど、ファッションショーや数多くのスペシャルイベントの制作、演出、振り付けも担当してきました。さらに、Arrested Development、Soul Decision、Sugar Jones のコンサートの制作、演出、振り付けも手がけたことがあります。

    クラレンス・フォードと Cirque du Soleil との出会いは 1997 年で、デボラ・ブラウンがスタジオワークショップへの参加に彼を招待し、Cirque のショー La Nouba(ラ・ヌーバ)で彼の振り付けを採用したのが始まりです。その後、彼はモントリオールにある Cirque の国際本部で、ジェネラル・トレーニングのプログラムに参加しました。

    KOOZA(クーザ)の振り付けは、大衆演芸の「エキセントリック・ダンス」、ジャズダンス、そしてストリートパフォーマンスといった都会のポップカルチャーからヒントを得たと言っています。「自分にとって、これは振り付けの融合が独自の言語へと進化することです。」と彼は言います。「融合によって感情がかき立てられ、パワーが現れ、観客に興奮を届けることができるのです」。 

    クラレンス・フォードは、1956 年にカナダのトロントで生まれました。

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  • Martin Labrecque

    Lighting Designer

    Martin Labrecque’s professional credits include more than 140 theatrical productions, as well as circus shows. Martin contributed to the critical success of several Quebec shows. He has won many Quebec awards for his lighting design in addition to several nominations. Martin Labrecque created the lighting for two critically acclaimed circus shows produced by Cirque Éloize, Rain and Nomade, as well as Cirque du Soleil shows Corteo, KOOZA, Viva ELVIS and Michael Jackson THE IMMORTAL World Tour before KURIOS – Cabinet of curiosities. In 2009, Martin designed the lighting for an eleven-hour show by Canadian author, director and actor Wajdi Mouawad, which was presented in the courtyard of the Palais des Papes in Avignon, France. He also worked on the show Paradis Perdu, directed by Dominic Champagne and presented in Montreal and Belles Soeurs (2011) directed by René Richard Cyr.

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  • ジョナサン・ディーンズ(Jonathan Deans)

    サウンド・デザイナー

    ミュージカルの世界で最も人気の高いサウンド・デザイナーの 1 人と言われるジョナサン・ディーンズは、Viva ELVIS(ビバ・エルビス)の音環境を担当した人物です。Saltimbanco(サルティンバンコ)、Mystère(ミステール)、“O”(オー)、La Nouba(ラ・ヌーバ)、ZUMANITY(ズーマニティ)、KÀ(カー)、Corteo(コルテオ)、The Beatles LOVE(ザ・ビートルズ・ラブ)、KOOZA(クーザ)、Wintuk(ウィントゥック)、CRISS ANGEL Believe(クリス・エンジェル ビリーブ)、そして最新作の OVO(オヴォ)でサウンドスケープをクリエイトしてきたことを通して、Cirque で制作中の作品やチームワークによるクリエイティブなアプローチがかなり刺激的であることを認めています。

    彼は幼い頃、エレクトロニクスに夢中でした。15 歳のときに俳優としてロイヤルシェークスピア劇団に入団し、そこでサウンドへの強い関心が演劇的な要素に溶け込むきっかけとなりました。数年後、音楽業界でサウンド・エンジニアの肩書きを持つようになり、特に Morgan Studios でキャット・スティーブンス、ポール・サイモン、リック・ウェイクマンなどのアーティストと肩を並べて仕事をしたのち、彼はロイヤル・オペラハウス(コベントガーデン)で再び演劇の仕事を手がけるようになり、その後、ミュージカルの「コーラスライン」ではサウンドミキシングを担当しました。彼は次から次へと成功を収め、サウンド・ミキシング・エンジニアとして、「エビータ」、「キャッツ」、「ダウンタウン物語」、「サウンド・オブ・ミュージック」をはじめとする数多くの作品を手がけるようになりました。

    ミキシング・サウンド・エンジニアとしての成功により、彼はミュージカル「マリリン」のサウンド・デザイナーとして雇われることになりました。その後、「タイム」、「レ・ミゼラブル」、「カリブの反乱」、「ジーン・セバーグ」などのウェストエンドのショーを手がけたのち、ブロードウェイで、「ラグタイム」、「フォッシー」、「ダビデ王」、「くたばれ!ヤンキース」、「タブー」、「ブルックリン」、「吸血鬼レスタト」、「パイレート・クィーン」、「ヤング・フランケンシュタイン」の制作に携わりました。

    ジョナサン・ディーンズにとって、Cirque の常設ショーとビッグトップは、それぞれサウンドデザインの面ではまったくの別世界です。「それらはそれぞれに技術的な要求が異なりますが、音楽とサウンドのテクスチャーとレイヤーに関する限りは、いずれも同じです」と彼は言います。「自分の仕事はすべての作品にユニークな環境を創り上げることです。そして、それがどんな環境であっても、作り出される音響によって、観客が別世界に足を踏み入れていることを実感できるようにする必要があると考えます」。

    「ショーには本物のエルビスは登場しませんが、ショーの要素はすべてエルビスに結びついています。そのため、サウンド・システムで視覚と同じ音響効果を生み出すことは大変に重要で、それらはすべてエルビスの名に値するものでなければならないと思います」。「Viva ELVIS の劇場は、彼の偉大な伝説にふさわしく巨大なものです。その課題に対応できるサウンドを作り出すために、床部分にサブウーファーを埋め込み、コンクリート構造自体が持つ低周波の共鳴音を利用して、低周波の音振動を加えることができるようになりました。これはサウンド効果を生み出すだけでなく、文字通り、生演奏に合わせて観客席を動かすものです」。

    ジョナサン・ディーンズは英国で生まれ、現在はニューヨークに在住しています。

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  • レオン・ローゼンバーグ(Leon Rothenberg)

    サウンド・デザイナー

    レオン・ローゼンバーグは、作曲とコンピュータプログラミングにおける豊富な経験とさまざまな経歴をサウンド・デザイナーとして活かしています。1995 年にインドのムンバイにあるサンギット・マハバラティ音楽学校でインド北部の伝統音楽を学び、オベリン大学では音楽とコンピューターサイエンスを専攻して学位を取得しました。また、2002 年にはカリフォルニア芸術大学でサウンドデザインを専攻し、美術学修士号を取得しました。

    「私は自分が持つサウンドに対する考え方が非常に音楽的であると考えることが好きです。子供の頃から音楽の道に進みたいと考え、さまざまな楽器を習いました。ただ、8 歳の頃からオープンリール式の機械を使ってさまざまな音の実験もしていました」。「大学時代に作曲を始めましたが、劇場用のサウンド構成やサウンドデザインにはコラボレーションの機会がはるかにたくさんあって面白いということがわかりました」。

    大学院を卒業後、彼は南カリフォルニアで大学やコミュニティの舞台作品のプロダクションエンジニアとして働きました。まもなく、ロサンゼルスのマーク・テイパー・フォーラム、ニューヨーク、そしてさらに遠く離れた場所上演される、より大がかりなショーからも声がかかるようになりました。2003 年には、ロサンゼルスとフランスで上演された「リア王」の、場所が特定された複数の建物からなる大規模な制作で、サウンドデザインを共同で手がけました。また、実験的アニメーション映画も多く手がけ、クリエイティブリスニングとサウンドデザインのコースで指導もしてきました。

    Cirque du Soleil のショーに初めてかかわったのは、KÀ(カー)のサウンド・デザイナー、ジョナサン・ディーンズのアシスタントとしてでした。ジョナサン・ディーンズとのつながりは、Corteo、ミラージュでの LOVE、そしてツアーショーの KOOZAまで続きました。その KOOZA では、初めて Cirque サウンド・デザイナーに抜擢されました。

    彼は Wintuk(ウィントゥック)を観察することで、彼のアプローチをこうまとめています。「どこに座っていても感動的でおもしろい何かを得られるよう、聴覚経験と視覚経験を調和させたいと考えるでしょう」。

    レオン・ローゼンバーグは 1974 年にマサチューセッツ州ボストンに生まれました。

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  • ロジェ・フランクール(Rogé Francoeur)

    小道具デザイナー

    ロジェ・フランクールは、小さい頃、演劇の仕事につくことを夢見ていましたが、それは舞台で演じる役者としてではなく、舞台裏で活躍することでした。そして、彼はその分野で有名になっていくのです。彼はカナダのケベック州で美術を学び、トロントのヨーク大学で彫刻を学びました。そして、やがて映画、演劇、テレビ番組で小道具の製作を担当する職業につきました。

    最初は舞台装置の装飾、模型制作、小道具のデザインを担当することから始まりました。彼は自分の職業を選択する上で大いに参考になったエミール・ラドック監督による「Taming of the Demons」(1985 年)をはじめとする数多くの作品に携わってきました。さらに、ジャック・ドーフマン監督の「Shadow of the Wolf」(1992 年)、パット・オコーナー監督のテレビ映画「Zelda」(1993 年)、クリスチャン・デュゲ監督の「スクリーマーズ」(1995 年)では、三次元的な物の見方を適用しました。

    1996 年、ロジェ・フランクールは東京で開催された映画祭「シネマ・アベニュー・ジャパン」の制作アシスタント、舞台装置の装飾担当、模型制作担当を務めました。過去 6 年間、彼はサン・ティアサント・カレッジ(ケベック州)で小道具のデザインと舞台装置の背景画の指導にあたり、現在はショー制作の指導に関する修士論文に取り組んでいます。

    彼が初めて Cirque と正式な関係を持つようになったのは、Saltimbanco(サルティンバンコ)の制作で衣装デザイナーのドミニク・ルミューと一緒に仕事をした 1992 年のことです。その後も、舞台装置デザイナーのミシェル・クレトとともに 1993 年と 1994 年に Mystère(ミステール) と Alegría(アレグリア)のショーで小道具の制作を担当しました。2003 年以降、Cirque の R&D プロジェクトでコンサルタントを務めており、衣装担当部門とも密接な協力関係を持っています。Alegría での彼の仕事ぶりは、カンパニーの注目を集め、そして KOOZA(クーザ)では初めてデザイナーとして Cirque のショーを担当することになりました。

    「KOOZAは、デヴィッド・シャイナーが創り上げたクラウンの世界を探訪するものです」と彼は説明します。「喜劇役者による演技のレベルはかなり高く、そこで使われる小道具は役柄を出し抜くようなものであってはなりません。私が常に心がけていることは、物事をシンプルで、人間工学的に舞台デザインと相容れるものにするということです。小道具のデザインにおける私のアプローチは、印象主義的なものです。小道具は、遠くから見えたときや照明に照らされたときだけ全容が明らかになることがよくあります」。

    ロジェ・フランクールは、1963 年にケベック州(カナダ)のマカミックで生まれました。

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  • Danny Zen

    Acrobatic Equipment and Rigging Designer

    Danny Zen first arrived at Cirque du Soleil in 1990 to work as a welder in the company's workshops. That same year he went on the first European tour of Le Cirque Réinventé, then moved on to Nouvelle Expérience on which he worked as a welder, assembler, mechanic and head usher. In 1992 he toured with Saltimbanco as a tent technician.

    Since 1993 Danny has worked in the continuing development of the Creative Studio at Cirque du Soleil. His innovations as head rigger and technical expert are largely responsible for establishing Cirque's demanding standards in training all its riggers, and maintaining the safety of the performers and technicians at all times.

    Danny has worked at the National Circus School in Montreal and has, over the years, contributed to the design of most of the aerial acrobatic equipment used in the Cirque du Soleil shows Alegría, Mystère, Quidam, Dralion, Varekai, "O", La Nouba and. He was also Head Rigger for Quidam in 1996. In 2008, he designed the rigging and equipment for the acrobatics show at the Quebec City 400th anniversary celebrations.

    Zarkana is Danny Zen’s third engagement as Acrobatic Equipment and Rigging Designer for a Cirque du Soleil show, following Corteo and KOOZA.

    “The acrobatic equipment on Zarkana was designed to blend in with the 1930s-inspired décor of the show,” he says. “The action of the show is set in the same period. I'm fascinated by the curves and organic shapes of that era and I've been inspired by the French Art Nouveau master glassmaker and jeweler Lalique and the Spanish architect and engineer Calatrava."

    Danny Zen was born in Saint-Luc, Québec.

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  • アンドレ・シマール(André Simard)

    アクロバットパフォーマンス・デザイナー

    アンドレ・シマールは 1987 年以来、Cirque du Soleil の仕事に携わってきました。その最初の年、彼は Nouvelle Expérience(ヌーベル・エクスペリエンス)のショーのために空中ブランコの演目を制作し、それは空中を高く飛ぶエリアルムーブメントにおける真の大変革の火付け役となりました。彼の指導のもと、地上と空の間を動くアーティストによって、アクロバット的な離れ業が演じられました。そこが劇場であれビッグトップであれ、バレエのような流動的な表現によって、成功を収めました。1989 年から 2000 年にかけて、Cirque du Soleil、国立サーカス学校、そして彼自身が主催するアーティスト集団のカンパニー Studio de création les gens d'R のために創作した 13 の演目は、世界中の最高のサーカスアーティストが参加したフェスティバルで数々の賞を受賞しました。

    彼が 1995 年にエリアルシルクアクロバットの分野を確立したおかげで、新しい形のサーカスアートが生まれました。また、技術的変革や振付の新しい手法は、アクロバット装置デザイナーのジャック・パカンとのコラボレーションに端を発した "O"(オー)のボートのシーンでした。それだけでなく、彼は Cirque が世界中で上演するショーの空中演技のほとんどをデザインしました。

    アンドレ・シマールは 30 年以上にわたり、美術、一流スポーツ、サーカスという彼の 3 つの専門分野の 調和を保つことを成功させてきました。1970 年代初めのモントリオール美術学校に在学中に、彼は体操のカナダ代表チームのメンバーに選ばれました。さらに、1972 年にドイツのミュンヘンで開催されたオリンピック夏季大会への出場に向けた準備の合間を縫って、国立サーカス学校の前身であるモントリオールの Centre Immaculée-Conception で、クラウンや大道芸人たちの指導にあたりました。彼自身の言葉を借りれば、彼は「舞台芸術の持つ刺激的なパワーを利用して、常に生体力学の法則を運動トレーニングとして取り入れようとしています」とのことです。このようなアプローチは、国立サーカス学校だけでなく、いずれもフランスにあるシャロン・シュル・マルヌ国立サーカス芸術センターやロニー・スー・ボワ国立サーカス学校での指導にも注がれました。

    1995 年、彼はモントリオールに Studio de création les gens d'R を設立し、この芸術的試みによって、エリアルムーブメントによる感情表現にもっと高いレベルを求める機会が十分に与えられました。2001 年、このスタジオのメンバーによるワールドプレミアパフォーマンス「Échos」(エコー)がイタリアのベネチアで開催されました。このショーは、ベネチア市で開催されるビエンナーレ芸術祭の主催者から依頼されました。

    「CRISS ANGEL Believe(クリス・エンジェル ビリーブ)のショーで、私は修道僧のキャラクターたちが衣装の中に隠したロープを使って回転するという方法を思いつきました」と彼は述べています。「さらに、竹馬乗りによるダンスの演目にもアクロバット的な要素を取り入れ、カヤラというキャラクターのためにアクロバットの電動式メカニズムを考え出しました。アーティストは花から現れてフープの演技を行うときに、花びらをしっかりとつかみます。この花びらは、実際には透明な軟質塩化ビニール製のチューブでできており、衣装の中に埋め込まれています」。

    アンドレ・シマールは 1945 年にカナダのモントリオールで生まれました。

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  • フロランス・コルネ(Florence Cornet)

    メイクアップ・デザイナー

    フロランス・コルネは、20 年以上にわたり、メイクアップデザインを通して観客とつながりを持つ方法を模索してきました。

    1980 年代初頭にケベックシティ(カナダ)の Collège de Sainte-Foy を卒業後、Gaspesian の舞台装置デザイナーであるイバン・ゴダンが主催するメイクアップのコースを受講しました。このときの経験は、将来の職業を考えるきっかけとなりました。さらに、ミキ・ハミルトンの Mytho Maquillages スクールでメイクアップのトレーニングを続けました。そして、20 歳前で多才なプロとしてのキャリアをスタートしました。

    このような経歴から、1985 年にはメイクアップのインターンシップとしてフランスに渡りました。このことがきっかけで、とりわけワールド・マリオネット・フェスティバルでのマルチカルチャーショーでは、アーティスティック・ディレクターと舞台装置デザイナーの二足のわらじを履くことになりました。それ以降、メイクアップ、衣装デザイン、アート・ディレクター、およびマリオネットの担当者として輝かしい経歴を積んできました。これまでに参加したケベックでの制作は、200 にものぼります。その中には、Le Théâtre Petit à Petit、Théâtre du Trident、Théâtre de la Licorne、Théâtre du Nouveau Monde などでの制作が含まれます。彼女はセルジュ・ドゥノンクール、ドミニック・シャンパーニュ、クロード・ポアサン、ワジディ・ムアワッド、ドゥニーズ・ギルボー、ミシェル・ルミュー、ヴィクター・ピロンなど、ケベックの著名な演出家の多くと一緒に仕事をしてきました。

    モントリオール(カナダ)の国立サーカス学校をはじめとする数々の演劇学校で約 20 年間メイクアップの指導に携わってきただけでなく、映画やテレビの仕事も数多く手がけてきました。とりわけテレビの『Hommes en quarantaine』シリーズでは、メイクアップ・アーティストのリーダーとして制作に携わりました。2000 年には、Cine Qua Non Film 制作、ベルナール・エベール監督による作品『Une Âme Immortelle』で、Gémeaux Award のベスト・メイクアップ・アーティスト賞にノミネートされました。

    彼女が Cirque du Soleil の仕事を担当したのは、今回が初めてではありません。2004 年の KÀ(カー)でメイクアップ・アシスタントを務めたほか、数多くのスペシャルイベントでも活躍してきました。メイクアップ・デザイナーとしてカンパニーから仕事を請け負ったのは、KOOZA(クーザ)が最初です。「私はゴールド、宝石、華麗さ、大地に代表される中東やアフリカの文化をイメージさせるようなテクスチャーを探求し、その結果、自然な身振り、そして非対称の線、直感、および儀式を強調した特徴的な要素を取り入れました」。

    フロランス・コルネは、カナダのモントリオールに 20 年間在住しています。彼女は 1963 年に南フランスのトゥーロンで生まれ、5 歳のときにカナダのケベックに移住しました。

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