ダニー・ゼンが初めて Cirque du Soleil にやってきたのは、1990 年に開かれたカンパニーのワークショップに溶接工として参加したときのことです。当時、彼にはその他にもさまざまな才能がありました。熟練のハンググライダーやペイントボールの手ごわい相手というだけでなく、彼はほとんどどんなものでも縫ってしまう特技がありました。
彼は 1990 年に Cirque Réinventé(シルク・レアンヴァンテ) の初のヨーロッパツアーに同行し、その後、Nouvelle Expérience(ヌーベル・エクスペリエンス)のショーで、初めて装置担当の仕事を務めました。また、1992 年の Saltimbanco(サルティンバンコ)ではテント技術者を務め、 1996 年の Quidam(キダム)では装置担当の責任者を任せられました。その後も Cirque の制作スタジオの技術責任者として、Alegría(アレグリア)、Mystère(ミステール)、Quidam(キダム)、Dralion(ドラリオン)、Varekai(ヴァレカイ)、"O"(オー)、La Nouba(ラ・ヌーバ)、KÀ(カー)の制作に貢献しました。
彼は装置のデザインや製作に関わっているため、装置担当の仕事が機械に関する以上のものであると思っています。「この仕事はそれなりにクリエイティブだ」と彼は言います。「私たちはアクロバットの装置や機器をデザインしていますが、セットデザイナーとも密接に協力し合うことが必要です。それは、彼らがセットとして2 つの仕事をこなすことが多いからです。そのことは、ショーの技術的な要件と芸術的な要求との結び付きを必要とします」。
彼はアーティストたちが使うひとつひとつの装置やセットの安全性を最優先に考える必要性を常に意識しており、Cirque du Soleil のすべてのショーにおける使用上の安全基準の開発に取り組んできました。また、カンパニーのすべての装置担当者のトレーニングにも積極的に取り組んでいます。「装置担当者はアーティストに最も近い立場にあります」と彼は説明します。「それは、彼らがアーティストたちの命をその手に預かっているからです」。
KOOZA は、彼が制作スタジオにおける技術研究開発ディレクターという通常の職務のほかに、アクロバティック装置デザイナーを務める Cirque du Soleil で 2 番目のショーです。
クリエイティブチームは、観客の注意を特に演技に集中させたいと考えるため、舞台操作をできるだけ最小限に留めてきたと彼は言います。「KOOZA では、空中アクロバットは最も質の高い演目であるため、そこを強調するために、私はどの視点からも最大限シンプルかつ流動的で軽快に見えることを目指しています」。
ダニー・ゼンは 1965 年にケベック州サンリュックで生まれました。