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プレスルーム

 

報道資料

Cirque du Soleil (シルク・ドゥ・ソレイユ)では、各種ショーのプレスキット、会社情報を用意しております。

Cirque du Soleil

すべてはケベックシティ(カナダ)の近郊の小さな町、ベ・サン・ポールで始まりました。1980 年代の初め頃、ベ・サン・ポールでは色とりどりの衣装をまとったキャラクターの一団が街を練り歩き、竹馬、ジャグリング、ダンス、火吹き、音楽などの芸を披露していました。彼らこそ、ジル・サンクロワが組織したストリートパフォーマンスのグループ、Les Échassiers de Baie-Saint-Paul(ベ・サン・ポールの竹馬乗り)でした。すでに街の人々はこの若いパフォーマーのグループに心を動かされ、魅せられていました。パフォーマーの中に、後に Cirque du Soleil の設立者のひとりとなり、CEO となるギー・ラリベルテもいました。

 
 
 

経歴

ジョナサン・ディーンズ(Jonathan Deans)

サウンド・デザイナー

ミュージカルの世界で最も人気の高いサウンド・デザイナーの 1 人と言われるジョナサン・ディーンズは、Viva ELVIS(ビバ・エルビス)の音環境を担当した人物です。Saltimbanco(サルティンバンコ)、Mystère(ミステール)、“O”(オー)、La Nouba(ラ・ヌーバ)、ZUMANITY(ズーマニティ)、KÀ(カー)、Corteo(コルテオ)、The Beatles LOVE(ザ・ビートルズ・ラブ)、KOOZA(クーザ)、Wintuk(ウィントゥック)、CRISS ANGEL Believe(クリス・エンジェル ビリーブ)、そして最新作の OVO(オヴォ)でサウンドスケープをクリエイトしてきたことを通して、Cirque で制作中の作品やチームワークによるクリエイティブなアプローチがかなり刺激的であることを認めています。

彼は幼い頃、エレクトロニクスに夢中でした。15 歳のときに俳優としてロイヤルシェークスピア劇団に入団し、そこでサウンドへの強い関心が演劇的な要素に溶け込むきっかけとなりました。数年後、音楽業界でサウンド・エンジニアの肩書きを持つようになり、特に Morgan Studios でキャット・スティーブンス、ポール・サイモン、リック・ウェイクマンなどのアーティストと肩を並べて仕事をしたのち、彼はロイヤル・オペラハウス(コベントガーデン)で再び演劇の仕事を手がけるようになり、その後、ミュージカルの「コーラスライン」ではサウンドミキシングを担当しました。彼は次から次へと成功を収め、サウンド・ミキシング・エンジニアとして、「エビータ」、「キャッツ」、「ダウンタウン物語」、「サウンド・オブ・ミュージック」をはじめとする数多くの作品を手がけるようになりました。

ミキシング・サウンド・エンジニアとしての成功により、彼はミュージカル「マリリン」のサウンド・デザイナーとして雇われることになりました。その後、「タイム」、「レ・ミゼラブル」、「カリブの反乱」、「ジーン・セバーグ」などのウェストエンドのショーを手がけたのち、ブロードウェイで、「ラグタイム」、「フォッシー」、「ダビデ王」、「くたばれ!ヤンキース」、「タブー」、「ブルックリン」、「吸血鬼レスタト」、「パイレート・クィーン」、「ヤング・フランケンシュタイン」の制作に携わりました。

ジョナサン・ディーンズにとって、Cirque の常設ショーとビッグトップは、それぞれサウンドデザインの面ではまったくの別世界です。「それらはそれぞれに技術的な要求が異なりますが、音楽とサウンドのテクスチャーとレイヤーに関する限りは、いずれも同じです」と彼は言います。「自分の仕事はすべての作品にユニークな環境を創り上げることです。そして、それがどんな環境であっても、作り出される音響によって、観客が別世界に足を踏み入れていることを実感できるようにする必要があると考えます」。

「ショーには本物のエルビスは登場しませんが、ショーの要素はすべてエルビスに結びついています。そのため、サウンド・システムで視覚と同じ音響効果を生み出すことは大変に重要で、それらはすべてエルビスの名に値するものでなければならないと思います」。「Viva ELVIS の劇場は、彼の偉大な伝説にふさわしく巨大なものです。その課題に対応できるサウンドを作り出すために、床部分にサブウーファーを埋め込み、コンクリート構造自体が持つ低周波の共鳴音を利用して、低周波の音振動を加えることができるようになりました。これはサウンド効果を生み出すだけでなく、文字通り、生演奏に合わせて観客席を動かすものです」。

ジョナサン・ディーンズは英国で生まれ、現在はニューヨークに在住しています。